スコッチの名前から妄想が広がっていく
スコッチの名前が「景光(ヒロミツ)」だと判明したため、衝動的にブログを書こうと思いました。
景は影も意味するそうなので、名前で影と光。正義と悪のダブルフェイスやってたスコッチにピッタリすぎてもう……。
景という漢字を調べた時に
日の光。ひかげ。日の光に照らし出されるすべてのものの形。「影」に通ずる。
と出てきて何故だか物凄く泣きそうになりました。時として誰かの悪になる公安警察の正義を貫き、さらには犯罪組織に潜入捜査までしていたスコッチとバーボン。
犯罪組織で自分の手を汚さずにコードネームを貰うなんてきっとできないし、自分自身の心を押し殺して国のためにと生きたスコッチ。NOCであるとバレて自ら命を絶ってしまったけれど。
彼が生きてきて守ろうとした国とその信念を、同じ志を持って独り戦い続ける降谷零が受け継いでいると想像しただけで尊い。同期だった人間を亡くして、たった独りで彼らが生きて守ってきた日本という国と一般人を守り続ける降谷零。ウッしんどい。
ちなみに、零という名前を調べた時に「ものが全く無いことを表す数」という意味の他に「静かに降る雨」「欠け落ち(て残った半端)」という意味が出てきて死にました。
名前すら切ない……!特に「欠け落ち」の方……!
今の降谷零は、彼を構成していた大切な人間を失い続けて、大切な彼らが、この現実から欠け落ちて残った存在だと思うと胸が痛い。
もう話せない。もう触れることは出来ない。彼らの声も忘れて、彼らの温かさも消えてしまって、残っているのは自分の記憶の中にいる時が止まった彼らだけ。
自分の時間だけが進み続けて、楽しくも温かいあの瞬間はもう戻ってこない。
ねぇちょっと誰か降谷零を幸せにしてあげて……。しんどい。自分の妄想だとわかっていてもしんどい。
トリプルフェイスの超多忙な合間に、ふと昔のことを思い出しちゃう降谷零とか、悪夢を見て夜中に目が覚めるものの無意識に伸ばした手を掴んでくれる人間がいないことに孤独を感じる降谷零とか脳内再生余裕。こういう時ばっかり優秀な自分の脳が憎い。もっと他の事頑張って。
5回目の執行は自重しようかなと思っていましたが、こういう想像しちゃうと観に行きたくなってしまう。でもたぶん、冒頭の公衆電話の夜明けシーンとか、雨の中での降谷さんと風見さんの会話シーンとかで余計な事考えて泣くところがありありと思い浮かぶので、DVD出るまで我慢します。家なら泣いても平気だからね!!!
純黒の悪夢の時はただただ降谷さんカッコいいで終わったのに、今回はなんでこんなに切ないのか。映画の内容も考察しがいがあるのが悪い。無理……。嘘、いいぞもっとやってくれ。もっと情報をくれ。そして私は沼の奥地に沈みつつ、友人をトリプルフェイス沼に引きずり込む。はぁ~~~コナンのおかげで生きるの楽しい ( ˘ω˘ )